Cosmetic in Japan 美容医学への扉-東京大学美容外科-アンチエイジング
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Web Master -Kotaro Yoshimura, M.D.-


レチノイン酸療法とは

吉村浩太郎 (1999年8月)

 

1.レチノイドの概念

 ビタミンA(レチノールretinol)とその類縁化合物であるレチノイドretinoidは、形態形成制御作用、細胞の分化増殖制御などの作用を持っている。本来、レチノイドの定義として、その物質の持つ化学構造から定義されており、レチノール、レチナール、レチニールエステル、レチノイン酸はじめ多くの化合物がある(図1)。しかし、これらの化合物はすべて核内に存在し転写因子として機能する数種のレチノイン酸受容体retinoic acid receptor(以下RAR)、およびレチノイドX受容体retinoid X receptor(以下RXR)を介して生物活性を示すことが明らかになって以来、これらの特異的な受容体と結合することによりレチノイン酸の有する生物活性を発揮する化合物群をすべてレチノイドと呼ぶことが適当と考えられるようになった。現在ではビタミンAとは全く類似しない化学構造を持つ化合物でも、レチノイン酸受容体と非常に高い結合親和性を示す合成化合物もレチノイドと称されている。こうした合成レチノイドの中には3種類ずつ存在するRAR,RXRの一つと特異的に非常に強く結合するものなど、副作用の軽減、薬剤安定性や特異的な作用を目的に新しいレチノイドが次々と開発されている。

 

2.レチノイン酸とは

 レチノイン酸(retinoic acid、ビタミンA酸、レチノール酸)というのはビタミンAのカルボン酸誘導体で、all-trans retinoic acid (tretinoinトレチノインとも呼ばれる;オールトランスレチノイン酸、以下atRAアトラ)、9-cis retinoic acid (alitretinoin とも呼ばれる; 9シスレチノイン酸)、13-cis retinoic acid (isotretinoinとも呼ばれる; 13シスレチノイン酸)などいくつかの立体異性体が存在する。AtRAはRARのリガンドとして、ビタミンAの生物活性の本体であるといえる。ちなみにRXRのリガンドは9-cis retinoic acid(RARにも親和性を有す)であり、RARとRXRはheterodimerを形成してDNAの特定の塩基配列を認識、結合して下流の遺伝子の発現を制御することが知られている。(この他、RARが転写因子AP-1に干渉して機能することも明らかになっている。)

 

3.臨床で用いられているレチノイド

 レチノイドでは、本邦においては乾癬の内服治療薬としてetretinate(チガソンTegison)が認可されており、また前骨髄球性白血病の内服治療薬として1995年にatRA(ベサノイドVesanoid)が認可されている。一方、海外では乾癬や白血病に加えて、にきびや老化した皮膚を対象としても数種類の薬剤が認可使用されており、またそのガン細胞に対する分化誘導作用に期待して海外では数々の合成レチノイドの開発や臨床治験が進められている。
AtRAは海外ではニキビ治療外用剤としてRetin-Aが認可され広く普及している。また、近年ではRenovaとして光老化皮膚を対象にFDAに認可されている。本邦では残念ながら未認可であり、現在のところatRAの外用剤が認可される予定もない。しかし、原末(シグマ、和光純薬など)を購入して院内調剤することにより比較的簡単に処方することが可能であり、当施設においての調剤法も公開している。本邦で外用剤として認可されているレチノイドはレチノール(ビタミンA)および酢酸レチノールretinyl acetate、パルミチン酸レチノールretinyl palmitateなどのレチニールエステルで、化粧品としては100グラムあたり25万国際単位まで(重量換算で約0.04%)の使用が認められており、またザーネ(エーザイ、レチノールとして100gあたり50万国際単位)は医薬品として角化性皮膚疾患に認可使用されている。しかし、これらの成分では副作用は特に見られないが、薬理作用が小さく(atRAの300分の1程度)、後述するようなatRA特有の臨床効果は期待できない。海外ではさらに、atRAの立体異性体であるisotretinoin(13-cis retinoic acid, Accutane)(内服、外用両方)や合成レチノイドであるCD271(adapalene, Differin(外用のみ)がニキビの治療薬として、etretinateの代謝物acitretin (Soriatane)がetretinateに取って代わるように乾癬の内服治療薬として認可され臨床使用されている。さらに97年には、tazarotene (Tazorac; RARβ、γ選択性)がニキビや乾癬の外用治療薬としてFDAに認可され、99年に入り9cis-レチノイン酸 (外用、Panretinゲル;内服については治験中)がAIDS患者によく見られるカポジ肉腫に対してFDAに認可された。
現在もAm-80(RARα選択性;外用)やLGD1069 (Targretin;RXR選択性;外用、内服)など数種の合成レチノイドが乾癬や悪性腫瘍の治療薬として臨床治験中である。血管新生を抑制することにより抗腫瘍作用があり大鵬薬品が米国で現在内服薬として治験中のTAC-101もレチノイドである。その他、fenretinide(4-hydroxyphenyl retinamide, or 4-HPR)、etretinや第3世代レチノイドといわれる数種のarotinoidsも悪性腫瘍などを対象に臨床治験が行われている。

 

4.レチノイン酸の外用療法の効果

 AtRAの外用剤(Retin-A, Renova)は、海外ではにきびや光老化の治療薬として広く使用されている。AtRAを外用することにより、短期的には表皮のresurfacing効果があり、皮脂の分泌を押さえ、にきびに対して効果があるとともに、他の漂白剤とうまく併用することにより、しみなどのメラニン色素性疾患に効果を表す。長期的には、真皮におけるコラーゲンの産生促進を通して皮膚の張りを取り戻し、細かいシワには効果が見られる。
本書では、しみ、しわ、にきびなどの皮膚疾患に対してのレチノイン酸を用いた実際の治療法について記すが、これらはレチノイン酸の持つ表皮角化細胞の増殖促進、ターンオーバー制御作用、真皮内でのコラーゲン産生促進作用などに基づくものである。AtRAの継続的外用により、表皮においては表皮角化細胞の強い増殖促進作用がみられ表皮は肥厚し角質はコンパクトになる。表皮角化細胞間や角質に粘液性物質(ヒアルロン酸といわれている)が沈着するようになる。さらに、真皮においては線維芽細胞のコラーゲン、エラスチン産生促進などの作用があり長期に使用することによって真皮は肥厚する。こうした作用は紫外線による皮膚の老化の進行を防ぎ、さらに本来の健康な皮膚に近づけていく。皮脂の分泌を抑制する働きも持つと言われている。また、真皮乳頭層の血管新生が見られ、表皮、真皮レベル双方で皮膚の創傷治癒を促進する働きを持っている。メラノサイトのメラニン産生抑制には、われわれの研究結果も含めin vitroの結果では否定的な見解が多い。従って、臨床では表皮角化細胞の増殖促進およびそれに伴う表皮のターンオーバーが起こることによって脱色素効果が得られていると思われる。レチノイン酸の生理作用のメカニズムにはまだ不明の点が多く残されているのが現状である。

 

5.レチノイン酸外用剤の使用方法と注意点

 AtRAの使い方のポイントは、一言でいえば、皮膚にその時点で最も適切な量の薬剤を与え続けていくこと、である。しかし、実際には同じ量の外用剤を塗布しても、個人差もあれば、患部の場所、炎症や落屑などの皮膚の状態、獲得した耐性の程度など様々な要因が関与してくる。このような要因を考慮して、atRAの能力を最大限に引き出すことが重要であり、そのためにはできるだけ患者を頻繁に診て、臨機応変な対応(濃度、量、回数の変更、保湿剤など他の外用剤との併用や変更)を取り、患者に適切なスキンケアの指導を行うことが大切で、さらには治療経過を良く説明して患者との信頼関係を保つことも使用中のside effectsを伴うこの治療では重要な点である。
 本療法の最大の問題点はatRA外用に伴って生じる皮膚炎である。0.1%のatRAゲル外用を行うと顔面では通常1-3日後には発赤や落屑が見られ、角質がとれるためさらに薬剤の吸収が高まり炎症症状が進行する。灼熱感を伴う場合も多い。しかし、こうした皮膚炎症状は、外用を継続していても一種の耐性を獲得するが如く徐々に沈静していく。実際、0.4%atRAゲルを顔面に毎日2回使用しても何も皮膚炎症状が起きなくなった患者も多数いる。このように耐性を獲得して副作用がなくなった場合は治療効果も一部失われていると考えられるが、詳細は不明である。レーザーなどと同様に、炎症を伴う治療の場合は治療に伴う炎症が新たな炎症後色素沈着を引き起こす可能性があることを常に念頭において慎重に治療を行う必要がある。しかし、本治療法自体、炎症後色素沈着の治療に大変有効であり、炎症後色素沈着のmanagementの術を持っているということが、他のピーリングやレーザーなどの外科的な治療を行う際に大きなadvantageとなる。
催奇形性については実際に吸収され血中に入る量を投与量、吸収率などから考慮すると内服薬の数千分の一のオーダーであり、非常に低いと考えられる(この場合それぞれのレチノイドの半減期の長さも問題になる)。継続的に使用する若年者の扁平母斑でのみ一応問題となりうる。各薬剤の体内代謝半減期も重要な指標となる。米国ではレチノイン酸“外用”では催奇形性はありえないと結論付けられ、仮に注意するとしても“妊娠している女性”のみで十分であるとする意見が多い。著者は若い患者には使用中および使用後2ヶ月程度は避妊を励行するように指導している。AtRAの外用剤の臨床使用については、灼熱感、発赤などの皮膚炎症状や催奇形性などに十分留意し、その効能や特徴について十分な知識を持って行うことが大切である。

 

6. レチノイン酸外用剤の調合法

 レチノイン酸の外用剤は本邦では未認可のため患者に処方するためには、海外より個人輸入をするか、院内調合をすることになる。自由に濃度や基剤を変えられるため、著者は院内調合をして処方している。オールトランスレチノイン酸は非常に不安定な物質であり、特に光と熱に非常に弱いため、毎月1回調合する必要があり(1ヶ月間厳重な冷暗所保存でも約1割分解する)手間がかかるが、ある程度以上の消費量があればコスト面でも非常に有利である。著者の施設では、製剤を10g単位のステンレスチューブ(遮光効果が大変良い)に密封して処方している。
調合は医師もしくは薬剤師が行うことになるが、簡単な調合器があれば十分である。水性ゲル基剤での調合法の1例を表1に記したので、参考にしていただきたい。水性ゲル製剤は水分が95%以上を占め、皮膚浸透性が極めて高く、原末のコストパフォーマンスという面からは非常に経済的である。親水軟膏などを使うことも可能であるが、皮膚浸透性は3-4倍落ちるため、濃度をそれなりに上げる必要が生じる。繰り返したいが、レチノイン酸の治療では投与量が非常に重要な要素となるため、院内調合の製剤方法が異なれば反応も変わってくるので、ある程度の数の患者の反応を見て、自分が処方している製剤がどの程度の力かを十分理解して使用方法を適宜変更、調整する必要がある。

参考文献
1. Sporn MB, Roberts AB, Goodman DS (Editors): The Retinoids, Raven Press, New York, 1994.
2. Reichert U, Shroot B (Editors): Pharmacology of retinoids in the skin. Karger, Basel(Swutzerland), 1989.
3. 松原修一郎: レチノイン酸の分化誘導能と脱癌作用. 実験医学9: 857-862, 1991.
4. Bernard BA: Adapalene, a new chemical entity with retinoid activity. Skin Pharmacol. 6: 61-69, 1993.
5. 吉村浩太郎 レチノイン酸を用いたfacial rejuvenation -治療に必要な外用剤、スキンケア- 形成外科, 42: 801-806, 1999.
6. Fisher GJ, Voorhees JJ: Molecular mechanism of retinoid actions in skin. FASEB J. 10:1002-1013, 1996.
7. Yoshimura, K., Harii, K., Aoyama, T., et al.: A new bleaching protocol for hyperpigmented skin lesions with a high concentration of all-trans retinoic acid aqueous gel. Aesthetic Plast. Surg. 23: 285-291, 1999.
8. Yoshimura, K., Harii, K., Aoyama, T., et al.: Experience of a strong bleaching treatment for skin hyperpigmentation in orientals. Plast. Reconstr. Surg., in press.

注意:表1に関しては、メディカルコア社、美容皮膚科学(平成12年発刊)をご覧ください。

 


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