Cosmetic Medicine in Japan -東京大学美容外科- トレチノイン(レチノイン酸)療法、アンチエイジング(若返り)
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美容医療の現況

 

東京大学形成外科
吉村浩太郎



1.はじめに
美容には、化粧、ダイエット、エキササイズなど、様々な取り組み方があるが、美容医療の力を借りてより確実により大きな結果を得ることによって、積極的な自分を取り戻そうとする意識が近年増えてきている。美容医療への関心の高まりにはいくつかの理由が考えられる。1つは、経済の成長に伴い物質やサービスが氾濫するとともに、安全で平和な社会が維持されているために、より高いレベルの“生活改善”への関心が強くなった。2つめは、医療技術が進歩し、より確実により安全に、またより低侵襲で美容的改善が得られるようになった。特に1990年以降のレーザー、ピーリング、注入剤など美容皮膚科的治療法の進歩は、患者からみた美容医療の敷居を低くするとともに、広い範囲の患者層が形成されるきっかけとなった。3つめは、社会の高齢化に伴い健康や長寿に関する社会の関心が急激に高まったことも影響していると思われる。食事、運動、禁煙をはじめ、健康補助食品、サプリメントなどの関連分野のマーケットは飛躍的に成長している。90年代後半からのアンチエイジングブームは、機能のエイジングに始まり見た目のエイジングへも社会の関心を広げてきた。何も病気がない人々においても、加齢に伴う外貌の変化は自分の衰えを強烈に意識させるものである。4つめは、患者層の世代交代により、自分を変える医療に対する抵抗感が小さい患者が増えたことである。戦後生まれの団塊の世代も定年を迎えようとしている。子供が社会人となり親の手を離れて、今度は自分自身のためにお金を投じていく意識も見られるようになった。
従来は美容外科という領域しかなかった美容医療は、90年代以降の医療技術や医療機器・材料の進歩によって、大きな変貌を遂げた。近年人気が出ている、コラーゲン注射、レーザー・光治療やケミカルピーリング、トレチノイン療法、ボツリヌス菌毒素の美容目的使用、審美歯科などはその代表的なものである。小さい生活上の負担で臨床効果が得られるような方法が次々に開発されてきている。さらに、脱毛やにきびなどを目的としたホルモン療法が登場するとともに、美容や長寿をめざした内科的なアンチエイジング治療としてのホルモン補充療法、抗酸化療法、キレート療法なども90年代半ば以降、米国を中心に抗加齢医学として盛んに試みられるようになった。また近年、ヒト組織の成分や細胞などを使った再生医療の研究が進み、美容医療の領域においても試みが始まっている。このように今では美容医療は、治療手技から見れば外科的治療、皮膚科的治療、内科的治療、再生医療と分けることができる(図1)。米国の2004年統計において美容手術(外科的治療)約174万件に対して非手術療法は約747万件に及び、美容手術がほぼ横ばいの成長であるのに対し、非手術療法はさらに増加を続けている。今後も美容医学の発展とともに、非手術療法が成長する傾向は長期的に続くことが予想される。
本稿では現在の美容医療について、その保険医療とは異なる特徴や位置づけ、美容治療の現況、患者ニーズの動向、美容医療が抱えている課題、今後の展望などについて解説する。

2.美容医療の特徴 −他の医療との相違−
 美容医療は健康保険が適用されない自由診療の一つである。自由診療には、美容医療以外に、生殖医療、(高度)先進医療、代替医療、未病医療、予防医療、健康診断などさまざまな分野が含まれている(図2)。美容医療は疾患の治療ではなく、“生活改善”(通常生活には問題ないが、それ以上の優越的な機能や外観を求める)の一つである美容的欲求を満たすための贅沢医療であるため、他の医療にはないいくつかの特徴がある。
美容医療は疾患の治療ではない以上、医師が医療行為を指示したり薦める由はない。あくまで患者の自己意思によって発生するべきもので、患者の自己選択、自己決定に基づく注文にしたがって医師が請け負う注文医療であり、“生活改善”を目的とするサービス医療である。患者は自分の発注に対しては自己責任を負い、高額の受益者負担が発生する。しかしながら一般的な商行為とは異なり、医療には偶発症、健康被害や後遺症が発生するリスクが伴うし、医療の結果は不確実であり幅があるため、患者の受益の程度も事前に保証することはできない特徴がある。したがって、この請負契約には高いレベルのインフォームドコンセントが求められる。
美容医療を行う医師は、専門知識の乏しい患者に対して、判断材料となる専門的情報を偏りなく公正に中立的立場を維持して与える必要がある。そのためには医師自身も十分な専門的知識を持ち、患者に対して、科学的で正確な情報を提供するとともに、治療を受けない選択肢を含めた、幅広い治療選択肢を提示しなければならない。無論、医療側の限界もあるので、患者側も複数の専門家への相談を含めて多方面からの情報収集に努めることが求められる。
美容医療は治療ではないとはいえ、現代社会では外貌による精神的ストレスを従来以上に強く感じる人々が増えており、美容医療を受けることによって仕事にもプライベートにもより積極的に自信を持ち、その人本来の魅力や能力を発揮できるようになることがあるのも事実である。

3.美容医療の現況
1) 美容外科的治療
美容外科的治療には大きく分けて、自分を変える(変身)治療、と、自分を戻す(若返り)治療がある。前者は、患者自身の先天的な外貌の特徴を変えることを目的としている。すなわち、眼を二重にしたり、顔を小さくしたり、鼻を高くしたり、バストを大きくしたりする美容手術であり、従来は美容医療の中心的存在であった。後者は、患者自身の10年前、20年前の外貌に近づける美容治療であり、アンチエイジング美容治療(見た目のアンチエイジング)とも呼ばれる(図3)。具体的には、以前はなかったしみ、しわ、たるみの治療、下垂した瞼や乳房を吊り上げる治療、禿げた頭髪を再現する自家植毛などである。
外科的治療の最大の特徴は、他の治療法に比べて、一般的に効果が大きくて持続的なものであることと、治療に伴う生活上の負担が大きいことである。すなわち、ハイリスク・ハイリターンの治療である。たとえば、加齢による顔のたるみを改善するには、明らかにfacelift手術が最も効果があり、外科的治療を駆使すれば見た目を十歳若返らせることは難しいことではない。一方ではfacelift手術を受けると1ヶ月近いダウンタイムを余儀なくされる。治療に伴う偶発症や後遺症が多いのも外科的治療である。筆者の施設では、他の医療機関における美容手術後遺症症例は全初診患者の3.3%を占め、これら後遺症症例の約7割は移植された異物(人工物)を原因とする後遺症であり、異物に頼らない治療を実現することは今後の美容医療においてきわめて重要な意義を持っている。
一方では、“プチ整形”という言葉に代表されるように、効果が一時的であっても、ダウンタイムが少ない治療も、わが国では広く受け入れられている。わが国の国民性も関与していると思われるが、今後もこうした生活上の負担が少ない治療が開発されていくことは疑いの余地がない。外科的治療でなければできないことは現在も歴然としてあり、一部については永久にそうであろうが、外科的治療から内科的治療へと進んでいく長期的な流れは変わらないであろう。
2) 美容皮膚科的治療
 外用治療、レーザー・光治療など侵襲が小さく、回復期間が短い皮膚科的治療法の進歩より、現在では患者数で見ると外科的治療を圧倒的に上回っている。しかし、牛由来コラーゲン注入剤を除くと、治療に使われる外用剤、医療機器、注射剤のほとんどがわが国では未承認であり、大半が医師の個人輸入など医師の裁量に基づいて治療が行われているのが実状である。美容皮膚科的治療のターゲットは、しみ、しわ、にきびである。代表的治療法についてそれぞれ解説する。
a)外用剤
 アンチエイジング目的で一定の臨床効果が期待できる外用剤として、レチノイドと抗酸化剤がある。エストロゲンなどのホルモンの外用療法も試行されたが、現在に至るまで美容効果としては科学的な有効性の評価を得るに至っていない。レチノイドは4半世紀前にステロイドホルモンに続く革命的外用剤として登場し、ニキビの治療に始まり、老化皮膚や皮膚悪性変化の治療などに試みられてきた。レチノイドは、表皮においては表皮角化細胞の増殖を促進するとともターンオーバーを早め、角質の剥離、表皮内メラニン(シミの原因となる)の排出を強く促し、さらには表皮内のムチン様物質の沈着が見られる。従って、菲薄化した表皮は厚くなり、シミは薄くなり、皮膚はみずみずしくなる。真皮においてはコラーゲン産生促進、MMP抑制、血管新生促進など、とくに光老化症状の改善効果が見られる。メラニンの産生抑制作用の強いハイドロキノン(チロジナーゼ阻害作用)も漂白を目的に広く使用されている。代表的レチノイドであるトレチノインとハイドロキノンをうまく併用することにより、表皮内の色素沈着を短期間で効率的に改善することができる1,2。副作用として、トレチノイン使用中の皮膚炎がみられ、現在トレチノインのナノ製剤を用いた治療法の改良などが試みられている3,4。アスコルビン酸やコエンザイムQ10をはじめとする抗酸化剤については酸化ストレスに対する予防効果、紫外線による皮脂の酸化抑制などが知られている。
b)スキンリサーフェシング(ピーリング)
 皮膚のアンチエイジングを目的とした治療にスキンリサーフェシングという概念がある。これは機械的、化学的作用などにより皮膚の表面から障害を与え、その後の創傷治癒により機能不全の角質、萎縮した表皮や真皮が、新生されたものに置換されることにより機能的・美容的改善を目指すものである。機械的な作用によるmechanical peeling、酸などの薬剤を用いたケミカルピーリングchemical peeling、レーザーによるlaser peelingがある。機械的には電動グラインダー、細かい砂や粒子を吹き付けるmicordermabrasion、さらに海外で見られる“垢すり”もmechanical peelingの一種である。白人では深いピーリングが可能であるため効果が高いが、有色人種では炎症後色素沈着、遷延する紅斑や創傷治癒の問題があり、ごく浅いピーリングが一般的となっている。
c) non-ablativeレーザー
 近年、皮膚を削ったりしないレーザー、高周波治療器や光治療器が盛んに喧伝されている。これらに共通しているのは、@皮膚に軽度の炎症や熱を起こさせることにより一時的な皮膚の張り・緊張をもたらすこと、またAその後のコラーゲンの産生など永続的な効果を期待していること、である。しかしながら治療に伴う痛みや治療後の副作用を抑えるためには出力エネルギーにも限界があり、現在の技術では永続的な効果は得られていないのが現状である。
d)注入剤filler
 皮膚内、組織内に注射して充填することを目的とした注入剤のことをフィラーfillerと呼び、90年代に入りコラーゲンを利用した注入剤が開発され、その簡便さからシワ治療を中心に急速に普及するに至った。手術と異なり侵襲が小さいためダウンタイムが無く、非常に重宝されており、わが国でも牛コラーゲンの製品が承認されている。コラーゲンは粘度が低く、細かいシワにも使いやすい。現在一般的になっているものはすべて半年から1年程度で消失する吸収性の製剤である。ヒアルロン酸は粘度が高く細かいシワには不向きであるがvolumeが欲しい場合には逆に有利で、近年は隆鼻術や豊胸術の目的でも注射されている。このような組織増大目的で使用される場合も吸収されるため、半年から一年程度で効果がなくなる。
ヒト由来コラーゲン注入剤は、新生児の割礼皮膚から採取された培養線維芽細胞が三次元シート上で産生したコラーゲン線維を抽出・利用した製品でFDAの承認を得ている。ウシ製品に比べてアレルギーが少なく事前のアレルギーテストが不要とされている点が優れている。合成ポリマーなど非吸収性の人工物を含有する製剤も存在するが、異物反応による後遺症が多く見られ、長期的安全性に問題がある。
e)ボツリヌス菌毒素
神経毒であるボツリヌス菌毒素の注射剤は顔面の表情筋(眼輪筋、皺眉筋、鼻根筋など)を麻痺させることにより動きジワを目立たなくすることができる。また表情筋を麻痺させることにより、同部位に処置を行ったfillerの吸収消失を遅らせることが可能となる。米国では近年FDAが美容目的についても承認した後、2004年には施行数が年間300万件超と脅威的に普及した。注射後1週間で完全に麻痺となり、その後時間とともに2〜6ヶ月で回復する。
 最近は、腋臭症、多汗症(交感神経を麻痺させ発汗を抑える)の治療や、咬筋に廃用性萎縮を誘導することによりエラを小さく見せる目的でも使用される。 
3) 美容内科的治療
 アンチエイジングを目的としたホルモン補充療法やサプリメント投与による皮膚への美容効果はまだエビデンスの確立を見ていない。胎盤エキス(プラセンタエキス)の点滴や注射もアンチエイジングの謳い文句で行われているが、その臨床効果のエビデンスはまだない。内服や注射による男性ホルモンやアナボリックステロイドは、運動療法と共に脂肪を減らし筋肉をつけて体形を変えることは可能である。また、性同一性障害に対しての反対性ホルモン投与は、性器や乳房に対する外観の変化を得ることが可能である。いずれもホルモンの投与には副作用のリスクを伴うために慎重な管理が求められる。
禿髪(男性型脱毛症)については、finasteride(プロペシアR、5αリダクターゼ阻害剤)などの抗アンドロゲン療法、ミノキシジルなどの血行改善薬において一定の有効性が確認されており、finasterideはわが国においても2005年末に生活改善薬の1つとして承認された(自由診療)。4〜5ヶ月の内服治療により50数%の患者において有効性が認められた。
内科的美容治療で最も奏効しているのは、にきびである。にきびに対しては、spironolactone内服を使った抗アンドロゲン療法が非常に有効で、皮膚科的治療で再発を繰り返す難治症例の治療も可能である5。Spironolactoneはアンドロゲン受容体を競合阻害し、アンドロゲンシグナルを遮断する。また内服レチノイド(イソトレチノイン、accutaneR)もにきびに対して非常に有効である。厳重な避妊を必要とするが、レチノイド外用に比べて角栓剥離作用、皮脂分泌抑制作用が強く、皮膚炎などの副作用は弱い。
4) 美容治療としての再生医療の取り組み
美容を目的とした再生医学的アプローチのターゲットは、大きく分けて、@皮膚、A脂肪(軟部組織)、B毛髪、である。美容を目的とした再生医療は競争する既存治療がすべて自由診療であり高価格であるため、価格競争力の面からは有利であるという特徴を持つ。再生医療の領域では、癌化リスクの少ない成人幹細胞を使うとは言え、培養に伴う諸問題を解決する必要がるため、とくに生命の危機を伴わない美容領域においては細胞培養を必要としない新鮮細胞や細胞間基質の利用から少しずつ普及していくと思われる。
a) シワ改善を目的とした再生医療
 Filler(注入剤)は有効性、安全性も確立され、すでに広く普及しているが、いずれも半年から1年で徐々に吸収され消失する。そのため移植後の効果が持続することを期待して、自己培養線維芽細胞を使ったしわ治療の試みがなされている。患者自身の皮膚小片から線維芽細胞を採取し、培養して増殖させて注射剤として充填する。臨床研究が米国、欧州、日本などで行われている。体積は小さいため反復注射を必要とし、移植後の効果が持続することを期待しているが6,7、コラーゲンなどの既存の細胞外基質注入製品と比較すると、現状ではまだ効果が小さい。同様の目的の治療法として、細胞外基質(コラーゲンなど)を患者自身の皮膚や脂肪組織から直接抽出して注射する方法も試みられている。
b) 軟部組織増大を目的とした再生医療
 先天奇形や後天性変形による陥凹変形を修正する目的で、また美容目的で組織増大を行う場合には、有茎皮弁移植、血管柄付き組織移植や自己脂肪注入、人工物注入などが行われる。美容的には傷を残さない注入治療が優れているが、人工物は異物反応による数々の後遺症、自己脂肪注入は組織壊死が起きやすく改善効果が小さいという問題点を抱えていた。一方、痩身目的で行われる脂肪吸引で採取される吸引脂肪には、血管や脂肪などへの分化が期待できる脂肪由来(前駆)細胞群(adipose-derived cells; ADC)が含まれていることがわかり、骨髄に変わる幹細胞源として注目されている8。ADCは主にCD34陽性の間質細胞(adipose-derived stromal cells; ASC)で、血管内皮細胞、血管壁細胞なども含まれている9。ADCは大量採取が可能であるため培養せずに新鮮な状態での臨床応用も可能である。別に採取したADCを混合・接着させて幹細胞リッチな移植材料として移植することにより、自己脂肪注入による軟部組織増大効果を高める治療法(Cell-assisted lipotransfer; CAL)10が神奈川バイオ医療産業特区で行われている。
c) 毛髪再生を目的とした再生医療
 禿髪の治療として現在行われている自家植毛術と異なり、極少数の毛包から多数の毛髪を再生することを目的とした研究が行われている。表皮幹細胞は表皮、毛包、脂腺など皮膚付属器などに分化することができ、毛包は表皮幹細胞が毛乳頭細胞からのシグナルを受けて形成されることがわかっている11。男性型脱毛症(禿髪)の毛髪再生治療に向けて、動物実験においてはいくつかの実験モデルにおいて細胞移植により安定的な発毛がすでに見られている。しかし、侵襲性の小さい移植技術の開発、再生毛の太さや方向の制御、など、解決しなければならない課題もまだいくつか残されている。正常な機能を維持している自己培養毛乳頭細胞単独で、もしくは自己培養毛乳頭細胞と自己培養表皮幹細胞とを混合して、禿頭皮膚に移植する形での臨床研究も始まっている。侵襲性の小さい移植技術の開発、再生毛の太さや方向の制御など、解決しなければならない課題もまだいくつか残されている。 

4.患者ニーズの現状と変遷
 美容医療のすべての源は患者の美容的欲求であり、それ以外の理由はありえない、すなわち患者主導の医療である。従って、美容医療に対する医療機関、研究機関、および教育機関の取り組みも、すべて患者のニーズに左右される。患者のニーズは、美容的に改善を得ることであるが、その内容は多岐に渡るのは言うまでもない。共通するのは、安全に、安価に、生活上の負担なく、確実に、大きな、結果を得たいことである。美容医療技術の進歩に伴い、一部の目的においてはたしかに、安全に、より確実に、大きな効果が得られるようになってきているが、現状では生活上の負担と効果の大きさは相変わらず比例する場合が大半である。
 この十年においての患者ニーズの変化はいくつかに分けることができる。1つは、アンチエイジング目的の“戻す”治療のニーズが増えたこと、2つ目は、以前より一般化したことにより抵抗感を持つ患者が少なくなったこと(すなわちニーズが大きくなった)、3つ目は、生活上の負担を伴わない治療を好む患者の割合が増えたこと、である。1、2には抵抗感の少ない若い世代が治療を受ける年齢になったこと(すべての年齢層において)、“変える”治療よりも抵抗感の少ない“戻す”治療技術の発展が大きいことが挙げられる。今後も当面はこうした傾向は変わらず、マーケットはゆっくりと成長していくと思われる。近年は非手術的治療のマーケットが大きくなり、外科的治療のマーケットと同程度の規模になっていると予想される。
現在わが国には30兆円を超える保険医療の市場(患者負担分は4.5兆)が存在し、美容医療のマーケットは推測で約2000億円と小さいが(米国は約1.5兆円)、患者負担分に関して言えば約4%が美容医療のために支出されていることになる。化粧品やエステの市場に比べても美容医療の市場規模はまだはるかに小さく、育毛剤や鬘などはそれぞれ数百億円の市場であることを考慮すれば、まだ美容医療の成長の余地は大きいと思われる。

5.美容医療の課題
 現在の美容医療の課題は、“医療技術の質の問題”と“患者との信頼の問題”に分けることができる。医療の質は、美容医学教育が行われていない、系統的な学問として確立されていない、指導者が足りない、などわが国固有の問題も含んでいる。治療対象が病気ではないために優先順位の低い医療と軽んじられてきた歴史的経緯があり、大学などの医育機関や研究機関が真剣に取り組むようになったのはごく最近のことである。いまだに教育セミナーなども業者主導の偏った情報を発信するものが少なくない。時間はかかるが、今後はEBMに基づいた美容医療の教育システムが少しずつ確立されていくと期待される。
一方、患者および社会全体からの信頼の獲得のためには個々の医療従事者の多くの努力が必要である。最も重要なことは、患者に科学的で偏りのない公正な情報を提供することであり、さらに患者の自由意志による自己選択、自己決定の原則を遵守することであろう。サービス医療であり自由価格である美容医療においては、市場原理が働き、誇大広告、提供者(医師)主導の医療行為、無資格医行為などが行われるリスクにさらされており、その結果、社会からの、また他分野の医療業界からさえも、十分な信頼が得られていない、という残念な現状がある。美容医療の実態を表す統計はわが国には存在しない。こうした業界の不透明さも不信の一因であり、これまで以上に情報公開への努力が必要である。信頼の獲得には美容医療業界全体の不断かつ慎重な努力が求められるとともに、この信頼の獲得がなければわが国の美容医療自体の発展も限定的にならざるを得ないであろう。

6.美容医療の展望
わが国では美容医療はこれまでないがしろにされてきた領域であること、また高齢社会の深刻化、保険財政の逼迫に伴い自由診療市場がこれまで以上に成長するであろう」ことを考慮すれば、今後は美容医療の教育システムが少しずつ確立され、これまで以上に研究機関、企業がこの分野の研究を推進し、学問としても体系化されていくことであろう。美容外科に従事する医師数は1988年から1996年までの8年で倍増し、1996年から2004年までの8年間でさらに倍増した(厚生労働省資料)。
  痩身目的の脂肪吸引を例に取れば、近年脂肪溶解目的の局所注射やレーザーも試みられている。今後の美容医療における展開は、職人的技術ではなく、より一般的に治療が行えるものが開発されていくであろうし、治療の標準化も進むであろう。これまで以上に多くの人材や資金が、美容目的の新規薬剤、医療機器や再生医療などの新治療の開発に投じられていくであろう。

7.おわりに
美容医療は、他の自由診療の領域と同様に、今後も患者ニーズが増加を続ける傾向が見られ、美容分野への医師の参入も近年急速に増えている。医療レベルも少しずつ改善され、新しい治療法の開発も積極的に進める体制ができてきている。
しかしながら、一般の患者からだけでなく、他の領域の医師や医療従事者からさえも、驚くほど美容医療の実態は理解されていない。美容医療のさらなる発展のためには、美容医療を提供する医師が誇大広告を慎み、患者に中立で公正な情報とともに安全で質の高い医療を提供して、患者の自己選択・自己決定を徹底し、モラルの低下を防ぎ、社会からの信頼を獲得する努力を続けることが不可欠である。


図1.美容医学の全体像
美容医学は、治療手技から分けると、美容外科、美容皮膚科、美容内科、再生医療と分けることができる。審美歯科は並列に捉えることもできるし、含めることもできる。


図2.医療と産業におけるサービス医療の位置づけ
美容医療は“生活改善”医療=サービス医療の1つで、医療の中で最も産業的要素の強い分野である。


図3.美容医学とアンチエイジング医学の関係
美容医療の中で“戻す”医療は、アンチエイジング美容医療とも呼ばれ、アンチエイジング医学の重要な一分野である。

参考文献

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