Cosmetic Medicine in Japan -東京大学美容外科- トレチノイン(レチノイン酸)療法、アンチエイジング(若返り)
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レチノイン酸治療
 東京大学医学部形成外科 吉村浩太郎

(皮膚科診療プラクティスより:2001年4月発刊)

 

I.基本方針

 ビタミンAの類縁化合物であるレチノイドは多くのホルモンと同様に核内に転写因子である受容体を持ち、生体内では形態形成や細胞の増殖分化の制御因子として不可欠なものである。レチノイドの外用剤は、海外ではニキビ、光老化の治療薬として広く使用されており、さらに乾癬や悪性腫瘍に用いられているものもある。本邦では認可外用薬はないが、合成レチノイドであるCD271(adapalene)とAm80の治験が始まっている。内服治療薬としては本邦でも乾癬や前骨髄球性白血病に対する治療薬が認可されている。ビタミンAの生理活性の本体とも言えるオールトランスレチノイン酸 all-trans retinoic acid(以下atRA; tretinoin)の持つレチノイドとしての特異的な作用を最大限に利用することにより、また、他の薬剤や治療法とうまく組み合わせることにより、多くの皮膚疾患の治療が可能であり、美容目的にも広く応用することができる。

 

II.本手技のガイドライン

1.特徴

 本手技の特徴は、医師の施術は必要とせず、患者自身が外用剤を用いて行う治療であること、広範囲の美容皮膚治療に適応があること(とくに色素沈着、ニキビ)、治療中に皮膚炎症状を伴うこと、強力な治療を行えば短期間で大きな効果が得られることである。

 レチノイン酸の皮膚に対する作用としては、表皮においては角質の剥離、角化細胞のターンオーバーを促すとともに、表皮角化細胞の強い増殖促進作用がみられ表皮は肥厚し角質はコンパクトになる。さらに、真皮においては乳頭層の血管新生を促すとともに、線維芽細胞のコラーゲン産生促進などの作用があり、長期的に使用することによって真皮は肥厚する。表皮、真皮レベル双方で皮膚の創傷治癒を促進する働きを持っており、さらに皮脂の分泌を抑制する働きも持つ(表1)。

 

2.他の手技(治療法)と手技の選択

 本治療は色素沈着の治療としては、適応が広く、治療効果も高いため、著者は第一選択と考えている。特に、炎症後色素沈着、肝斑、扁平母斑(顔面)に対する治療成績は他の治療に比べてはるかに優れている。ニキビに対しては、AHAなどの浅いピーリングとの併用することにより、相乗効果がある。ケロイドに対しては、増殖抑制効果のほかに?痒感や疼痛の軽減が見られる。

 

3.適応と不適応

 適応は1)メラニン色素沈着全般、2)ニキビ、3)ちりめんジワ、クスミ(光老化)、4)創傷治癒(上皮化)促進、5)ケロイドである。不適応は、真皮性のメラニン色素沈着、角化の強い病変(脂漏性角化症など)、ニキビ痕の凹凸などである。

 

III.手技の実際

1. 施術前のケア 

他のピーリングと異なり、施術は必要としない。遮光ケアが悪くなる夏季はレチノイン酸外用は避ける。

 

2. 薬剤と器具

 レチノイン酸の海外の既製品は効力が弱いため、自家調合が望ましい。レチノイン酸の原末(シグマ)から院内調剤して処方することができる。調剤法の1例を表2に記す。基剤が重要で治療効果を左右する。浸透性(親水軟膏の数倍)、治療効果、経済面から水性ゲルが最も優れている。レチノイン酸は非常に不安定な物質であるため、冷暗所に保管し、毎月1回程度新しい軟膏を調剤することが望ましい。レチノイン酸の治療では投与量が非常に重要な要素となるため、院内調合の製剤方法が異なれば反応も変わってくるので、ある程度の数の患者の反応を見て、自分が処方している製剤がどの程度の力を持っているのかを十分理解して使用方法を適宜変更、調整する必要がある。

 色素沈着の治療では、ハイドロキノン(5%)乳酸(7%)軟膏(閉塞性付与のため油脂基剤が望ましい)を併用する。油脂性の基剤として閉塞機能を持たせると良い。ステロイド剤の併用はメラニン排出効果を極端に落とす。

 

3. 麻酔法

 麻酔はしない。

 

4. ピーリングの実際

 [色素沈着の治療] 治療段階を漂白段階bleaching phaseと治癒段階healing phaseに分けて考える(図1)。はじめのbleaching phaseでは、患者自身にatRAゲルおよびハイドロキノン(5%)乳酸(7%)軟膏を毎日2回患部に塗布させ、昼間は日焼け止めクリームを併用させる。原則として治療開始時は顔面には0.1%、上肢および躯幹には0.2%、下肢には0.4%のatRAゲルを使用し、必要に応じて適宜濃度を変更する。治療中は皮膚が乾燥するので保湿剤やオイルなどを適切に使用して、皮膚を保護する。AtRAは色素沈着のある部位のみにベビー綿棒で、ハイドロキノンはさらに広い範囲で外用させる。一般的には、使用を開始して1-3日目には発赤を生じ落屑が見られる(1週間こうした反応が見られない場合は0.4%などさらに強い濃度の外用剤に変更する必要がある)。その頃から塗布直後にirritationが見られることもしばしばであるが(irritationはハイドロキノン乳酸軟膏によるところが大きい)、しばらくすると沈静する場合が多い。徐々に皮膚炎が進行するとともに、色素沈着は薄くなっていく。色素沈着が消失(軽減)した時点で(通常は2-6週間の治療後、長くても8週間で中止する)、healing phaseに移行する。すなわち、atRAゲルの使用のみを中止する。ハイドロキノン乳酸軟膏は使用を続けるが、healingの過程で紅斑の消退が遅い場合は使用回数を減らしたり、コウジ酸外用に変更する場合もある。重要なことは、healingの過程で炎症後色素沈着を惹起しないようにすることで、時間をかけても、反応に応じて適切な漂白剤(美白剤)を使いながら炎症を冷ましていくことである。さらに、紫外線ケアを十分行うこと、ステロイド外用を極力避けること、も同様の目的のために重要である。図らずも、炎症後色素沈着を作った場合は改めてatRAで治療し、慎重にhealingを行う。こうして6-12週間(1クール)で治療を終了するが、色素沈着が残っている場合はatRAを中止してから(bleaching step終了の時点から) 1-2ヶ月程度の間をおいて、2クール目を行うことができる。この中止期間を置くことにより、治療部位のatRAに対する耐性がなくなり、再び治療に反応するようになる。

 老人性色素斑、炎症後色素沈着には非常に効果が高く、顔面であればほとんど治癒させることが可能である。肝斑は1クールで完全に消失させることは難しく、2クールを要することが多い。扁平母斑はメラニン産生が最も強く、改善した後再び色素が沈着してくることが多いが、著効する治療法がない現状からは、大きな選択肢と言えよう。いずれの場合も、治療後にメインテナンスとして紫外線ケアとともに漂白剤(美白剤)の継続的使用が望ましい。漂白治療は老人性色素斑(角質肥厚がある場合が多いため)、扁平母斑では強力に行うことが必要で、炎症後色素沈着、肝斑ではややマイルドに治療を行えば良い。レーザーとの比較では、色素沈着の治療対象の適応範囲が広いこと、炎症後色素沈着の発生率が低いこと、小じわやキメの改善など付随した効果が期待できること、脱色素などのトラブルがないこと、再発が少ないこと、顔面全体など広範囲に治療しやすいことなどが利点としてあげられよう。一方、本療法は太田母斑、伊藤母斑や刺青などの深い真皮性の色素異常には効果がない。実際には難しいが、レチノイン酸を“最適量”投与していくことが最も重要である。“最適量”というのは治療部位(顔面でも部位により大きく異なる)、併用している薬剤、その時点での皮膚(とくに角質)の状態や耐性の程度などにより、日々刻々と変化するため、頻繁に診察して、的確な判断、指導を行うことが治療結果を左右する鍵となる。また、それぞれの患者に応じて他の治療法(液体窒素、レーザーほか)や薬剤と上手に組み合わせることにより、さらに多彩な病変や治療過程に対応していくことが可能になる。

 [skin rejuvenation治療] 0.1%atRAゲルをマイルドに使用していく(実際にはシミを伴うケースが多いため、前項のシミの治療を始めに行い、その後本治療に移行する場合が多い)。保湿剤の併用は不可欠である。当初、反応性の皮膚炎が見られるが使用を継続するとともに自然に消失していく。あまり皮膚炎が強い場合は使用回数を減らして調節する。反応が弱ければ、徐々に濃度をあげていく。薬理効果をあげるために、2-3ヶ月の継続使用の後、一旦中止して1ヶ月の休止期間を入れる。短期的には表皮のresurfacingであるが、長期使用により表皮、真皮ともに肥厚し、張りが出てくる。

 

[ニキビの治療]

 AtRAは表皮角化細胞の増殖を促進するとともに、分化を制御して角質を薄く剥がれやすくする作用が認められている。ニキビにおいてはatRAは角栓を剥がし(毛孔周囲の落屑を正常化)、毛孔からの面疱内容物の排出を促すし、微小面疱の形成を妨げる。角栓を剥がすことにより、抗生剤など他の外用剤の浸透を促す。皮脂の分泌も抑制すると言われている。さらに炎症性面疱内容物の周囲組織への漏出を防ぐため、結果的に炎症反応の遷延を防ぐことになる。

 0.1%atRAゲルをはじめは1日1回使用する。皮膚の反応を見て、使用頻度や濃度を調節することにより最大限にatRAの効果を引き出すことができる。角栓が剥がれ、徐々に皮脂の分泌が押さえられるとともにニキビは沈静化していく。AHAローションの併用は相乗効果があるため、著者はAHAローション(10-15%)も通常は併用させている。ミノマイシン、ビタミンB2、B6の内服、抗生剤ローションなど本邦の一般的なにきび治療を併用しても良い。混合治療は単独よりも効果を増す場合が多く、海外ではbenzoyl peroxide (2.5-10%ローションもしくはゲル)を1日2回塗布する治療も広く行なわれている。ビタミンCなど抗酸化剤のローションも奏効する。水性ゲル基剤は皮膚を乾燥させ新しい角栓の形成を妨げるため、ニキビの治療には好んで用いられるが、ひび割れなど他の障害を生じることがあるため必要に応じて保湿剤の適度な併用が求められる。レチノイン酸治療は原則的に増悪期のみとするのが望ましく、新しいニキビができなくなったらレチノイン酸外用から離脱させ、それ以外の薬剤によるメインテナンスに移行させる。活動性のニキビが沈静化した後、にきび痕の凹凸が非常に目立つ場合には、レチノイン酸前療法の後にアブレージョンなどを行う。

 

 

[他のresurfacingの前療法]

 TCA、レーザー、アブレージョンなどの他の深いresurfacingを行う場合にpretreatmentとしてatRAを1-3週間程度使用する。角質を薄くしてムラをなくしておくこと、肌を刺激に慣れさせる、表皮、真皮の創傷治癒能力を事前に高めておく効果を期待する。表皮角化細胞の分裂を促進し、線維芽細胞のコラーゲン産生を促進する作用があり、使用することにより上皮化も速くなる。通常は漂白剤(美白剤)と併用する場合が多い。

 

[ケロイドの治療] 

 AtRAはケロイドの増殖抑制(MMP活性の抑制)効果が見られるとともに、掻痒感、疼痛の軽減が見られる。部位に応じて、適当な濃度のatRAゲルを使用する。ターゲットはケロイドの辺縁部位である。中心部の線維化にはケナコルト注入を併用すると良い。ケロイド切除後の再発予防にも有用な可能性が高く、著者は現在治験中である。

 

5. 治療中のケアと経過

 レチノイン酸は長期間使用を続けると耐性を生ずるので、必ず2-3ヶ月を限度に1ヶ月以上の休止期間を設けることが大切である。

 

6. 症例(内容省略:本書をご覧下さい)

症例1老人性色素斑

症例2肝斑

症例3乳頭乳輪

症例4扁平母斑こども

症例5にきび

 

IV.合併症、後遺症、トラブルとその対策

 レチノイン酸については催奇形性があることが知られているが、米国では外用剤では危険はないと結論付けられている。しかし、妊婦への処方は避け、若年患者には使用中は避妊を励行するよう指導すべきであろう。重要な合併症はirritation、発赤などの皮膚炎症状である。ステロイド外用により改善するが、レチノイン酸のメラニン排出効果は損ねてしまう。皮膚炎症状が強いときは使用を少し休む程度で通常は十分である。通常の使用で瘢痕を残すことはありえない。強い炎症を伴った場合とくにステロイドを使った後に炎症後色素沈着が生じることがあるが、本治療により治療可能である。

 

V.インフォームドコンセント 

1) 本邦では未認可の薬剤である。

2) 動物実験では、大量投与により催奇形性があることがわかっている。治療中は避妊を励行する。

3) 治療中、irritationや発赤などの皮膚炎症状が見られる。

4) 皮膚が乾燥して、ひびわれなどを生ずることがある。

5) 治療部位の皮膚が紫外線に対して敏感になるため、遮光を厳重に行う。

6) 治療薬は小児の手の届かない冷暗所(院内調剤品の場合)に保管する。

表1. レチノイン酸の皮膚に対する作用

 

  作用 適応(臨床効果)
表皮         角層剥離
表皮の肥厚(ケラチノ増殖)
表皮ターンオーバー促進
間質内ムチン沈着(ヒアルロン酸など)
(メラニン産生抑制はない)
ニキビ、薬剤浸透性、クスミ
色素沈着、創傷治癒、(表皮ジワ)
色素沈着
潤い、(表皮ジワ)
真皮 真皮乳頭層の血管新生
コラーゲン産生促進
皮脂腺機能抑制
創傷治癒
小ジワ、張り、創傷治癒
ニキビ

表2

トレチノイン(all-trans retinoic acid)水性ゲル 0.1-0.4% 1000gの調合法の1例
トレチノイン 1-4 g
カーボポール940 10  g
エマルゲン408 20 g
10%NaOH 6 ml
パラ安息香酸メチル 0.26 g
パラ安息香酸プロピル 0.14 g
精製水 ad. 1000 g

図1

 


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