Cosmetic Medicine in Japan -東京大学美容外科- トレチノイン(レチノイン酸)療法、アンチエイジング(若返り)
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脂肪移植の新展開

東京大学医学部形成外科
吉村浩太郎 (2003年8月)

 

はじめに
 軟部組織の増大術は、陥凹変形の修正、純粋な美容的改善を目的として行われる治療法で、形成外科、美容外科領域では非常に需要の大きい治療の一つである。具体的には、癌切除後の陥凹変形、外傷後の陥凹変形、漏斗胸や片側顔面萎縮症(hemifacial microsomia)などの先天性疾患、さらに純粋な美容目的では、豊胸術、隆鼻術、オトガイ増大術、頬・側頭部・上下眼瞼などの加齢性陥凹などへのニーズが高い。機能を改善するわけではなく、外貌の改善を目的とした美容治療の一つである。
 軟部組織の増大目的には、遊離脂肪移植(脂肪注入術、真皮脂肪複合移植)、血管柄付き脂肪弁移植、血管柄付き筋皮弁移植、人工物の挿入術・注入術などが行われてきた。大きな体積の増大が要求される場合には、自家組織移植の場合、移植組織の血行の問題があるため、マイクロサージャリーを用いた血管柄付き移植しかなく、血管柄のない遊離移植では治療は難しい、と考えられてきた。一方、人工物は広く使われてきたが、異物反応や自己免疫疾患誘発などの問題が解決できず、現在では固形シリコンが、あるいはシリコンジェルやハイドロジェルをシリコン製のバックに充填したものが、使われているのみであり(本邦ではどちらも未認可材料;本邦では医師による個人輸入を通して臨床使用されている)、安全で自家組織に近い柔らかさの、新世代の人工医療材料の登場が切望されている。自家組織でも人工材料でも固体であれば、移植する場合に皮膚を切開する必要があり、美容目的であることを考慮すれば、理想とは程遠い傷痕が残る治療法である。
 組織の増大が“注入治療”により実現できれば、瘢痕も残さないし、形態改善の自由度も高い。人工物の注入剤では、古くはパラフィン、オルガノーゲン、シリコンジェルなどが使われたが異物反応をはじめ悲惨な後遺症を残す結果となった。現在、牛コラーゲン、ヒトリコンビナントヒアルロン酸、ポリ乳酸などが使われるが(本邦では牛コラーゲン以外は未認可)、いずれも吸収性材料であるため安全性は高いが、治療効果は一時的に過ぎない。一方、自家脂肪注入術はやはり古くから行われているが、移植脂肪は大半が壊死に陥り、治療効果が悪い上に、石灰化や線維化などの後遺症も見られ、決して満足できるものではなかった。
 近年、この脂肪注入法が見直され、様々な工夫により生着率が高くなった。本邦ではまだ認知度は低いが、今後再生医療技術を含めたさらなる移植技術の進歩が期待されている。自家脂肪注入の優れている点は、@自家組織であるためアレルギー、拒絶などの問題点がない、A移植材料の採取、移植行為ともに瘢痕を(ほとんど)残さない、B移植に際して形態修正の自由度が高い、C生着すれば軟部組織本来の柔らかさ、弾性、質感がある、D生着したものは残るので治療効果は一時的ではなく持続する、E異物反応としてのカプセル拘縮がない、などである。

脂肪注入術の進歩
 注入する自家脂肪は通常、脂肪吸引によって採取する。採取部位は腹部、大腿部が一般的である。脂肪吸引が主目的で、採取した脂肪の有効利用を目的に補足的に脂肪注入が行われることもある。脂肪は2-3mm径の金属カニューレを通して、陰圧(−250〜700mmHg)をかけて吸引する。吸引された破砕脂肪組織は洗浄後、シリンジに充填し、18Gや2-3mm径の針を通して目的部位に注入する。
 組織の生着のためには移植床における血管新生が必須で、移植組織の大きさは小さいほど良い(3mm以下が望ましい1))。すなわち、一塊でなく、少量ずつ場所をずらして注入することにより、トータルでの組織の生着率を高めることが可能である。
 文献的には注入脂肪から赤血球をできるだけ取り除く方が生着率が高く2)、MCDB153培地(表皮角化細胞の培養などに用いる培地)などを混合注入することで生着率を20-30%高めることも報告されている3)。こうした培地を入れることにより、移植部位で空間を確保でき移植成熟脂肪細胞が壊れにくく、培地は自然に拡散、吸収されるために血管新生もスムーズに進むと考えられている。成熟脂肪細胞は非常に脆く壊れやすいため吸引圧を700mmHg以上にすると壊れやすく4)、脂肪細胞吸引した脂肪のうち、吸引瓶に貯留した最下層(比重が重い)の層に生存細胞が多く、生着率も高いことが示されている5)。冷凍(−18度)保存の後に解凍した吸引脂肪の有効性も示唆されている6)。

脂肪注入を用いた豊胸術
 軟部組織増大目的で、最も需要が大きい部位は乳房である。脂肪注入は従来、石灰化や線維化を誘発するため、米国形成外科学会は乳房への脂肪注入については乳がん診断の妨げになる可能性を考慮し過去に否定的見解を発表しており、我が国においてもあまり一般的ではない。米国は乳がんの罹患率が世界一高く我が国の約3倍である[2000年IARC統計による年齢調整罹患率(人口10万対)は、日本31.38、米国91.39、世界平均35.66]。
 しかしながら、脂肪注入技術の最近の進歩(前項参照)により、石灰化や線維化などの後遺症が減少し、脂肪注入による豊胸術も現実的なものとなってきた。海外でも特に顔の若返りfacial rejuvenation目的の顔面への脂肪注入が近年注目されるようになってきた。
 人工物を用いた豊胸術と異なり、インプラントによるカプセルの拘縮がなく、体勢を変えても常に自然な形態を保ち、柔らかい乳房が獲得できる。最大の欠点は、現時点では150cc程度の増大が限界であることである(インプラントの場合、近年は200-300ccを希望する患者が多い)。われわれも乳房発育不全、漏斗胸の症例を含め、脂肪注入による豊胸術を行って良好な結果を得ている。分液漏斗用いて不要血液を十分に洗浄した吸引脂肪を、血管バルーンカテーテル用の注射器(10cc)を用いることにより、治療効果が大きく改善した。豊胸術では片側の乳房に300-500ccの脂肪を0.5ccなど少量ずつ細かく満遍なく注入することにより、100-150ccの組織増大効果を得ることができ、線維化や石灰化はほとんど見られない(図1、2、3)。

再生医療技術を応用した脂肪移植(脂肪再生
 近年、脂肪組織内においても間葉系幹細胞とみなされるような未分化な多能性細胞が存在することが明らかになった7-10)。この多能性細胞は、従来から脂肪前駆細胞や線維芽細胞様細胞と呼ばれていた細胞の一部であるが、脂肪、軟骨、骨、骨格筋、心筋、腱などへ分化誘導できる可能性が示されている(図4)。脂肪組織内の間質から採取される細胞群には、間葉系幹細胞、脂肪前駆細胞、血管内皮(前駆)細胞、平滑筋細胞、周細胞などが含まれる。
 我々の研究室においても、インフォームドコンセントのもとに約40名の患者からのヒト吸引脂肪組織を採取し、培養実験、動物移植実験において脂肪移植への有効利用についての検討を行った。間葉系幹細胞を含む脂肪前駆細胞群は、成熟脂肪細胞間に接して存在しており、さらに脂肪組織内の結合組織内にも多数存在する。採取した細胞群の細胞膜抗原をFACSで検索すると、15%程度にCD34が発現しており、血管内皮前駆細胞や間葉系幹細胞が含まれている可能性がある(CD34陽性細胞が75%程度含まれているとの報告もある11))。CD90も半数の細胞で発現しており、一部はCD34とCD90をともに発現している。DMEM培地で培養された細胞群はCD13、CD90、CD44、CD105を発現しており、CD34陽性細胞も2%程度認められ、CD146も一部の細胞で陽性である。培養ヒト真皮由来線維芽細胞との違いは、線維芽細胞では多くの細胞でCD56、CD16が発現しているが、ヒト脂肪由来培養細胞群には見られない。
 (一部省略)

 他のin vivoの研究では、血管新生への効果も示唆されており(personal communication)、脂肪注入同様に臨床応用が検討されている。また、マトリゲルとbFGFを混合して注入することによって脂肪新生が起こることが報告されており12)、この実験系にヒト脂肪前駆細胞群を混入することによる効果の研究も行われている。また、ラットでbFGF加デキストランビーズを脂肪と混合注入することにより、生着率が高くなったことが報告されている 13)。

おわりに
 脂肪注入術は針で採取、移植が可能であり、その移植技術の進歩により今後その治療適応が広がることが予想される。今後、間葉系幹細胞を含むヒト脂肪前駆細胞群を利用した再生医療の基礎研究、臨床研究が進むとともに、脂肪注入による組織増大術もさらに進歩がみられるかもしれない。脂肪組織由来前駆細胞群は血管新生、創傷治癒への治療効果も期待されており、さらに骨髄由来間葉系幹細胞に代わる、広い範囲の再生医療の細胞ソースとしての役割を演じる可能性も示唆されている。
 脂肪組織はこれまで単なるエネルギーの貯蔵庫として、他の臓器に比べるとあまり大きな関心を持たれてこなかったが、脂肪組織の持つ内分泌機能や、肥満、老化および糖尿病への影響のメカニズムが近年明らかにされるに従い、重要な治療標的器官とみなされるようになってきた。脂肪再生(新生)、脂肪分解(燃焼)、脂肪移植など、臨床応用へ向けた研究の発展が待たれる。

参考文献
1. Carpaneda CA, et al: Percentage of graft viability versus injected volume in adipose autotransplants. Aesthetic Plast Surg 18:17, 1994.
2. Lewis CM: Correction of deep gluteal depression by autologous fat grafting. Aesthetic Plast Surg 16:247, 1992.
3. Ullmann Y, et al: Enhancing the survival of aspirated human fat injected into nude mice. Plast Reconstr Surg 101:1940, 1998.
4. Shiffman MA, et al: Fat transfer techniques: the effect of harvest and transfer methods on adipocyte viability and review of the literature. Dermatol Surg 27:819, 2001.
5. Har-Shai Y, et al: An integrated approach for increasing the survival of autologous fat grafts in the treatment of contour defects. Plast Reconstr Surg 104:945, 1999.
6. Shoshani O, et al: The role of frozen storage in preserving adipose tissue obtained by suction-assisted lipectomy for repeated fat injection procedures. Dermatol Surg 27:645, 2001.
7. Zuk PA, et al.: Multilineage cells from human adipose tissue: implications for cell-based therapies. Tissue Eng 7:211, 2001.
8. Zuk PA, et al.: Human adipose tissue is a source of multipotent stem cells. Mol Biol Cell 13:4279, 2002.
9. De Ugarte DA, et al.: Comparison of multi-lineage cells from human adipose tissue and bone marrow. Cells Tissues Organs 174:101, 2003.
10. Dragoo JL, et al: Tissue-engineered cartilage and bone using stem cells from human infrapatellar fat pads. J Bone Joint Surg Br 85:740, 2003.
11. Stashower M, et al: Stromal progenitor cells present within liposuction and reduction abdominoplasty fat for autologous transfer to aged skin. Dermatol Surg 25:945, 1999.
12. Kawaguchi N, et al: De novo adipogenesis in mice at the site of injection of basement membrane and basic fibroblast growth factor. Proc Natl Acad Sci U S A 95:1062, 1998.
13. Eppley BL, et al: Bioactivation of free-fat transfers: a potential new approach to improving graft survival. Plast Reconstr Surg 90:1022, 1992.

 

 

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